わたしはおねえさん 

 光村 2年下

 いつからこの教材が教科書に載ってきたのだろうか。初めて読んだときは、変な女の子の話だなぁと読んでいた。2〜3度読み返すと、この女の子注意散漫だなぁ。次々と注意が移り変わっていく、今時の問題児かと思ったりもした。2年生ってこんな感じなのだろうか。
 という感想は別にして。
 先日、この国語の授業を参観して、子どもが本読みをしている声を聞いていて、ようやく気づいた。なかなか面白い話ではないかと。

ちょっとしたこと

 一読の時から「すみれちゃんのへやではちょっとしたことがおきていました。」の「ちょっとしたこと」にひっかかっていた。ちょっとしたことではない、すみれちゃんにとっても大変なことなのではないか。それなのに、作者は「ちょっとしたこと」で澄ましている。なぜ?と。
 作者が楽しんでいるのか。
 「大変なこと」では、重すぎるか?
 「ちょっとしたこと」ということで、そんなに大したことではないことで、という印象を読者に与えようとの作者の意図だろうか。

 この言葉で、先の参観授業では、先生も子どもも、少し後の
 「かりん、何してるの。」
というすみれちゃんの言葉を読み落としている。すみれは、かりんに何をしているのか尋ねたと受け取っているのである。「何してるの。」とは、「何という大変なことをしてくれたの。」ということであるはずなのだ。
 「もう、かりんたら、もう。」
の2度繰り返される「もう」を読み落としているのである。

 その勢いで、少し後の
 「何よ、これ。」〜中略〜「すみれちゃんは、それが何か、知りたかったわけではありませんでした。」
と作者が書いているのに、かりんが何を描いたのか訊こうとしているように捉えていた。
 ここでは、すみれはかりんに、かりんのしたことに怒っているのである。そう読まないと話が通じない。

 先生が読めていなければ、子どもも読めない。いや、先生を超える子どももいるにはいるが、出てこれるかどうかは普段の指導にかかっている。子どもを押さえ込むような指導をしていたのでは、出てきたくてもでてこれない。

 ここではすみれは怒っている。それが少し後で笑っている。劇的に変わっている。なにがすみれを変えたのか。それは、かりんの絵をじっと見たことである。
 「じっと。ずっと。」とある。「、」で区切ってはいない。作者はあえて「。」で区切っているのである。かなりの時間、じっとしていたことを表している。その時間のことも考えないといけない。ただ、2年生には難しいかも知れない。
 見て、感じたのである。(考えたのかな?考えたというよりは感じたととった方が良いかも知れない。)。
 何を感じたのか。自分の姿を絵の中に見つけたのである。かりんの絵の中に、かりんが一生懸命絵を描いた姿の中に、「おべんきょ」をしているかりんの中に、自分の姿を感じたのである。自分と同じかりん。それも一生懸命のかりんの姿。「ああ、同じだ」、私はお姉さん、かりんは妹、二人は姉妹、二人は一緒、一緒にお勉強、こんな素晴らしいことがあるだろうかとと笑ったのである。

 すみれは笑った。うれしくて笑ったのね。
 何がうれしかったの?

 水をやって元気になったばかりのコスモスの絵を描いてくれたかりん。かりんもコスモスのことが好きなんだ。
 もう一人、コスモスのことが好きな人がいるでしょ、誰?
と訊くことも必要かも知れない。答えはすみれである。私と同じでかりんはコスモスが好きなんだ、と考えさせても良いだろう。

 第一次指導 全文の概観

一、よむ ○昨日、お家で読んでみた人。
・順番読み。7人。
12分
二、とく ○題目
◎ひびき
○手引き
三、よむ ・黙読 15分
四、かく
五、よむ ・指黙読1回。指斉読2回。
六、とく ○事実・区分
◎山
○余韻
七、よむ ・指斉読1回。

 第二次指導 第1時

一、よむ ○昨日、お家で読んでみた人。
・順番読み。7人。
12分
二、とく ○おさらい
◎承接
○手引き
三、よむ ・黙読 15分
四、かく
五、よむ ・指黙読1回。指斉読2回。
六、とく ○語義・区分
◎心
○余韻
七、よむ ・指斉読1回。

 第二次指導 第2時

一、よむ ○昨日、お家で読んでみた人。
・順番読み。7人。
12分
二、とく ○おさらい
◎承接
○手引き
三、よむ ・黙読 15分
四、かく
五、よむ ・指黙読1回。指斉読2回。
六、とく ○語義・区分
◎心
○余韻
七、よむ ・指斉読1回。